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ありがとうございました。

書類期限が2月15日だったので、おそらく2月15日付だと思うのですが。

リョウは、JKCの救助犬資格を返上いたしました。

今月末で私との保険がきれるので、更新手続きをどうしようかなあと考えていたところでした。

昨年一年間は、なあんの活動もしていないので、実質引退したも同然。私と思い切りアジを楽しんだ一年でした。

最近、すっかり救助犬から遠のいて規約も見ていませんが、JKCでは、知る限り、救助犬は10歳で引退、のちは特別犬という登録扱いです。特別犬としておいて、亡くなったら資格返上という方もいるそうですが、私はもう返上することにしました。

リョウが救助犬をめざしたのは、ある訓練士さんの勧めです。

5か月から7か月ころにかけて、しつけ教室に通い、私が勉強しましたが、とてもとてもハイパーで大変でした。

いろいろな方の意見をきき、HPなどを見て考え、預かりにだすことにして、7か月から半年預かり訓練に出しました。CDⅡまで勉強して戻ってきましたが、最初の一か月は訓練所になれるために面会禁止ですし、そのあとも里心がついてはまずいかと思ってあまり面会に行かずに我慢しました。

こっそり訓練所をのぞきに行って泣き泣き帰ったものでした。

しか~し、これがリョウたいぷの家族のしつけとしてはおおまちがい!!

見事に扱う人間のレベルを判断できるハイパー犬を作り上げました。

こいつはスキがあると思えば、自分勝手に動くのは今でも健在です。

預かりなど出さずに、小さいうちにしっかり私自身がもっと通い訓練に努力すべきでした。

預かりに出す前から活発で、高いところに飛び上がったりするので、運動能力に優れていると思っていた私はアジをやりたいと思って、アジのできる訓練所をさらにいろいろ見学。

今のLの先生を探していたのですが、当時は自分の練習場をまだもっていなくて、また、世界大会に行って連絡がつきませんでした。

リョウは、元気がよいとか怖いものしらず、とかは言われても、小さいころは、賢い、訓練性能がよいと言われたことはありません。競技会も勧められず、説明も受けていません。

まあ、私も、ぼ~っとしたスキだらけの(今もですが)、間違ってチョコラブを選んでしまった奥さん、て感じに見られていたのでしょう。

家に帰って、ハイパー戻りのリョウを見て、アジのための二か所目の訓練所の担当訓練士さんは、アジより先にまずもう一度しっかり訓練をやり直しましょう、訓練性能がよいからいずれ競技会に出たら、きっとよい成績を出せます、といって競技会も勧めてくれました。

訓練所のワンを一頭災害救助犬に合格させたばかりのその訓練士さんは、リョウも救助犬を受けることを進めてくれました。

いつも、いつもリョウのことを褒めてくれました。

救助犬の練習があるとリョウも連れて行ってくれて、濡れたトタン屋根をすべっても、動じない、他の犬がこわがるところも平気だ、と救助犬の素質がある、とよく言っていました。

救助犬としてのリョウのことは以前(http://ryou0608.blog129.fc2.com/blog-date-201105.html)書きましたので、触れません。

私のてもとには、自分がとったもの、他の方が撮ってくださったもの、練習、競技会を含め、救助犬のビデオがたくさん残っているのですが、見ると泣きそうなので、たぶんもう見ないでしょう。

瓦礫の上を飛ぶように走り回るリョウの姿が大好きでした。

救助犬で、一緒に訓練、練習して下さった皆さん、ありがとうございました。おやつでの捜索ご褒美では、さぞ恐ろしい思いをさせたことと思いますが、すみませんでした。

お世話になりました。

NO、345 返上いたしました。


返上1


返上2

おかあしゃん、帽子もかぶってみてあげるよ。


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災害救助犬・リョウ

JKCから感謝状をいただきました。

感謝状


感謝状2


実働できる救助犬となるために、たくさんの方々のご協力をいただきました。

みなさん、どうもありがとうございました。

救助犬犬生で、出動・活躍できたことは家族の誇りです。

Tちゃん、リョウはあなたに出会えてとても幸せです。


過ぎ去った台風話

金・土、アジ競技会でしたが、その話はのちほど。

15号の通ったあと、翌日も午後は台風一過といかず、雨が降ったり、続けざま競技会へ出たので、台風の後片付けも投げ出したまま、仕事も少し、忙しい日々でした。

台風の日は、家のハウスより、外のハウスのほうが、動きまわれるので、リョウを朝食後、外ハウスに入れて、あれこれ片付けていたら、夕方、娘がびしょ濡れで帰宅。

昼食後、上司から、帰宅するよう言われて都内から帰ってきたのですが、ちょっと動きが遅くて、ぎりぎり家の近辺で私鉄が止まり、即バスを確認して、家の近くまで、バスで帰り、歩いて帰ってきたとのこと。

以後、首都圏は交通まひ、でしたね。

夕方、首都圏を通ったので、ものすごい雨、風でしたが、リョウは外犬舎で爆睡していたそうで。娘に「救助犬だったものね」と改めて言われました。

私があわてて犬舎を覗くと、犬舎の屋根にかけてやっていたすだれ等はぜ~んぶ吹っ飛び、雨が降りこんで、びしょ濡れ状態で、しっぽブンブン。

トイレだしに、庭に出すと、待ってましたと、走りまわる。「庭でウンPしていいよ~、」「してくれ~、」といっても走り回る。ど~しようかと悩みましたが、いつも、雨でも雪でも、台風でも、私が病気でも薬をのんで散歩にでかけてきた日々。覚悟を決めて、散歩にでかけました。

本当は、危険なのでこんな台風時、散歩なんて非常識です。でもま、トイレ散歩の最短コースで近所の様子見。

前がみえないくらいの豪雨に風で、折れた街路樹の枝が山積、看板が飛んでいるし。私の長靴の中は、すぐ上のほうまでぐっちょんぐっちょん。リョウは、木々を飛び越え、土砂を乗り越え、軽々歩いていきます。「無理だから、ゆっくり」と声をかけると、後ろをふりかえり、ゆっくり歩きます。

最短コースの中に、切通しのような森をあるく坂道があるのですが、(その道で、必ずウンをする)木々に、土砂にもうめちゃくちゃ。途中で、いつもどおりウンをして、そのご、なんとか家に戻りました。

不謹慎ですが、よい動きでした。人間が作った瓦礫や、土砂でなく、本当の災害現場で、きっと動けるんだなあとちょっと感心しました。微塵もびびりません。家に帰ってチェックしましたが、怪我もしません。

二日続けての競技会を控えていたので、問題行動だったかもしれません。

もうすぐ9歳4か月。親バカですが、救助犬として素晴らしい素質をもっていた、と思います。

救助犬としてのリョウ

28、29日とアジ友のみなさんが悪天候のなか、扇島で走っている時、リョウは大阪のオプ主催のIRO救助犬の競技会へ、人間は家族4人、主人の実家へでかけていました。

アジ本部を締切ぎりぎりまで待って申込みしたあとで、訓練士さんがやはり出なければ悔いが残ると大阪出陳を決めたので、アジは棄権ということになってしまいました。K先生と一緒に練習しているメンバーには話しましたが、目録には名前が載っていたので、私が体調悪く棄権したのでは(天候が悪くてなどということで棄権することはないとみなさんお分かりです)と心配してメール下さったお友達もいて、ありがとう!!

私たちの両親4人は健在ですが、高齢でいろいろあり、4人がいついなくなってもおかしくない状態。子供たちも仕事が忙しいので、(自分たちのことにも)会えるときに、と出かけました。土曜夜中こちらを出て、朝着、日曜午前実家を出て、境港でちょろっと水木しげる記念館へいき、地元市場で魚介類をかい、21時には帰りつきました。私の運転は、行き三方原Pまで。あとは「君もサーキットを体験してみないか?!」の主人の運転です。

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<水木しげる記念館にて・鬼太郎くんと>

さて、リョウはというと。

はっきり言って、大会にでる災害救助犬としては壊れました。

現場では、たぶん仕事可能だと思います。

服従ー43/50点 熟練ー43/50点
捜索ー39/200点

服従ででは2頭ペアで、1頭がやっている間休止です。相手の動きにもよりますが、10分くらいかな。アジのスタートでは待てませんが、どしゃぶり、地面ぐちょぐちょでも、きちんとまちます。服従の減点は、行進中の伏臥で前足が少しういていた点、次の行進中停座で、心配で体符をつかってしまったとか。

熟練では、前進のち伏臥の2声符、テーブルを使っての方向転換のいくつかの失敗。方向転換は、リョウの得意とする科目てすが、、テーブルの近くに黄色い物体がよこにある会場で、ぶっつけ本番1かいこっきりの方向転換で、テーブルの位置を誤ったようです。

捜索が今までにないひどい状態に。


2004年11月30日 JKC救助犬A段階合格(訓練士さんによる)
  2歳5か月 すべてのタイトルの中で一番最初にとったものです。

2005年 春から、私がオーナーハンドラーになり救助犬の訓練を 
9月  JKC救助犬競技会 A部門でオーナーハンドラーとして出陳
      Aでは捜索に入る前に告知というのがあり、(現在はどうかわかりません)
      この時、告知でリョウと、私の指導手ミスにより失格、捜索作業できず。

2006年 私の病気により、活動休止届

2007年 私の病気により、ハンドラー交代、訓練士さんへ
  9月  JKC救助犬競技会 A部門 4席

2008年 またオーナーハンドラーに
  8月末 小田原消防署防災訓練参加

ポーズ_convert_20110602125825


  9月  JKC救助犬競技会A部門 今度は告知成功、捜索作業もできる 入賞はならず

大会9・18_convert_20110602130408


2009年 2010年のFCI世界大会代表めざして、訓練士さんにハンドラー変更
  9月 JKC救助犬競技会 B部門 4席
      (B部門試験は、年一回の競技会時のみなので、この時B部門合格、認定犬に)

2010年3月 JKCでのFCI世界大会選考会出陳  代表3頭の中にははいれず。

  4月RDTA加入、IRO本部(長野)にて瓦礫A部門合格 1席

一位_convert_20110603131854


  5月 オプ主催 IRO試験・競技会(三木)B挑戦、捜索で不合格。

  8月 東京消防庁ハイパーレスキュー隊との合同訓練 疑似被災者見事に発見
     小田原消防署防災訓練参加
  
  9月 JKC救助犬競技会 B部門 4席

10・表彰_convert_20110602150349


  11月 RDTA主催IRO試験・競技会(箱根)B挑戦、捜索で失格

2011年3月 東日本大震災  JKC本部要請により出動 福島で立派に任務果たす

   4月IRO本部(長野)出陳予定ー原発により海外審査員入国中止・大会中止

   5月 オプ主催 IRO試験・競技会(堺)B挑戦、捜索で不合格。

 

車中泊、ゲージ待機平気 ・ゲージ待機中他、無駄吠えをしない・遠征による体調不良なし・音響、においによる行動不審なし・足場不安なし・怪我をしない(足元をよくみている)

といった先天的なもの

有り余る捜索意欲と持続力が魅力のリョウでした。

その捜索意欲、持続力に不安要素が。

FCIの世界大会にどうしても出してやりたかった。


本場、世界の大会なら、リョウの実力を認めてもらえると思っていました。そのため、訓練士さんに任せました。当然選ばれることを前提に、世界大会用に捜索方法をつくりかえました。たくさんの人の協力をいただきました。でも、選考会の壁は厚く、納得のいくものではありませんでした。 

だから、実力重視、現場出動を第一に考えているというIROの試験を受けることに。捜索方法修正は無理と言われていた状況を克服しかかり、短い期間で、初めての場所で、見事A段階合格、海外審査員の高い評価で1席に。

続けて挑戦した三木は、暑い日で、途中捜索意欲がなくなり、失格犬の出る中、さいごまで必死の捜索に、何人もの方か
らお褒めの言葉をいただきましたが、三人目をみつけられなかったのは、やはりそこまでの実力。

そのあとの箱根でいままでの捜索の良さをこわしてしまいました。初めての室内、無謀にもすぐ近くて私がビデオを回した。
途中退場というのは、リョウも訓練士さんも初めて。失敗したというのは、リョウにも伝わります。そのあとのフォローもできぬまま、捜索態度が崩れたと思います。


リョウたちはIRO試験、現時点、すべて初めてのところ、公開訓練のできる日取りでの練習、で通してきています。
ずっと正々堂々と、試験にのぞんできました。


捜索態度が崩れてきていたのに、震災の現場では、立派に捜索できました。

世界大会に出したい、陰で褒められているのではなく、災害救助犬訓練を何も知らない人にも堂々と褒めてもらいたいと必死になってきたけれど、リョウの救助犬活動の犬生の中で、震災出動は世界大会にいくより、意味のあったことだと思っています。

リョウももう9歳、今後の救助犬の活動に今、悩んでいます。


こわれたまま救助犬の人生をストップするのは悲しい。

リョウの救助犬としてのすばらしい素質を悲しい終わり方で終わらせたくない。

たった2日でしたが、きちんと要請を受けて、一生懸命、人間のために働いてきてくれました。

人間でもそうですが、試験ができるというのと、現場で動けるというのは別物です。

救助犬ということについて、いろいろな考えがあっていいと思っています。大会でよい成績をとってあんな犬を自分も育ててみたいとほかのひとの目標になることも救助犬を育てる意味があるし、防災訓練に参加したり、愛犬フェスティバルの救助犬ブースで、救助犬への理解を深めてもらうことだってよいと思います。みんながみんな現場活動のできる救助犬をめざすこともないと思います。


RDTAの公式HPで発表されていますが、今回の出動で、リョウより半年ほど若い救助犬が、立派に任務を果たし、帰宅のち体調を壊して亡くなりました。軽いものから重いものまで、怪我をしたワンや訓練士さんのことはわかりません。訓練を積んだペアがでかけても、命がけなのです。

ただ、現場で活躍できるようになるには、犬も人も、現場経験がなければ無理だと思います。試験会場、大会にはお菓子や食べ物は落ちていないし、釘やガラスの散乱などありません。現場は当然、悪状況。消防署や他団体とも力を合わせるコミュニケーションも必要です。リョウと出動したことで、訓練士さんは真の救助犬ハンドラーとして今後も成長してくれると思います。


リョウの捜索態度が崩れたのはある壁にあたったからであって、修正すれば、また伸びるとベテラン訓練士さんにはいわれていますが、それを克服して世界をめざすにはもう年齢的に無理な気が‥‥。

でも、リョウなら、もしかしたら、できるかもしれません。

いろいろあって、たくさんの方のご迷惑も考えず、感情的に書いた文章があり削除いたしました。

大変申し訳ありませんでした。



         

わたしにできること・したいことーパート2

ぼくや、わたしが困ったら、ぱぱやままが助けてくれる!

ぱぱやままが困ったらそのお友達が助けてくれる!!

<災害時の愛玩動物同伴可能の避難所の確保と増加及び、
愛玩動物入居可能の仮設住宅の確保と増加と建設を求める署名>



http://www.n-d-s.tv/pet-rescue/shomei.html

もし、よかったら、署名用紙をダウンロードしてください。

家族、ご近所でも、訓練所・スクールなど自分たちなりの方法でまとめてでも 「ナチュラルドッグスタイル事務局」あて郵送(必郵送)、避難所に入らず、崩れかけた家や車でワンと頑張っている家族を救うひとつの方法だと思います。

詳しくは、上記HPをご覧下さい。

署名によって、避難所や、仮設住宅がどのぐらいできたのか、調べて後ほどUPします。

よかったら、みなさんのブログ、HPにコピーして下さいね。

すぐにできることは、できる近親者や団体にお任せします。

長くかかる復興のために、私のできること、したいことのひとつです。

<大変申し訳ありませんでした>

当初掲載した、~阪神大震災のとき、署名運動によって、愛玩動物同伴可能の避難所の確保、入居かの仮設住宅の確保と増加~は、ごく一部だったようです。

上記団体は、新潟沖地震の際に署名を集め、申請しておりますが、署名によりどのくらい確保できたかは、さだかではありません。

ただ、災害時、ペットは後回しになるというのは、残念ながら、事実です。

すぐにできる里親等の救済は、限られた人しかできません。

署名なら、だれもができますが、個人情報をのせますので、社団法人とはいえ、信用するのはあくまで、個々人の判断ということになります。

決して強制ではありません。

何かできることはないか、復興のために考えたひとつの案です。


無条件に私を信用してくださった方、同じ意見をもって下さった方、ありがとうございました。
プロフィール

リョウのはは

Author:リョウのはは
神奈川県在住、一応会社事務&主婦
B型の超ワンマンちち(信長さん)
、人間のコ長男長女(共に社会人)有    

リョウ 02年06月08日生まれの14歳2ケ月元♂
 アジ、オビ、救助犬、選別の生ま
れながらの競技犬

<日夜努力のお勉強成果>

JKC 訓練資格 CDX取得
    BH取得
    G.T.CH
    アジ3度
    AG.CH
    災害救助犬A・B取得
PD  GⅡ取得
    CH

IRO 瓦礫捜索A段階合格

お仕事 各防災訓練デモンステローション
    東日本大災害出動
    
      

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